DOWN BY THR RIVERSIDE

ダウンバイ ザ リバーサイド
様々なジャンルで継承されて来ている曲です。
私たちのクワイアでは
1 Gonna lay down my burden Down by the riverside
2 Gonna lay down my sword and shield Down by the riverside
3 Put on my long white robe Down by the riverside
Down by the riverside Down by the riverside
と いう3番仕立てのアレンジです。
7番くらいあるアレンジもありますよ。

私のこの重荷(burden)を川のほとりに降ろしに行こう!

まず重荷と言えば 私が思い出すのがこちらです。

詩編55:22 あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。

マタイ11:28−30
28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

疲れている人はいませんか?


そして次に 川(river) を聖書的に触れておきますね。
まずは エゼキエル47:12
「川のほとり、その両岸には、あらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、実も絶えることがなく、毎月、新しい実をつける。その水が聖所から流れ出ているからである。その実は食物となり、その葉は薬となる。」

聖所(sanctuary) イエスキリストの十字架の事です。
イエスキリストの十字架から流れ出た川。

よく十字架で イメージされるのは教会の十字架の前にひざまづき懺悔するシーンだと言われますが、日々の祈りで十字架の前に行き 懺悔(神様に罪を告白し許しを請う事)し荷を下ろすというのが 私たちの向かう川のほとりであって このイメージは間違いではないと思います。
その十字架から流れ出る水のほとり。。。ピースフルですね。

次に 話は旧約聖書の時代に遡ります。 
ヨシュアさん率いるイスラエル人が荒野のキャンプ生活から脱し 神様の約束の地カナン そう約束の新しい潤った地に向かう為に まず渡ったのが 荒れ狂うヨルダン川です。足を踏み入れた瞬間 川の水がせき止められ 渡る事が出来たという 奇跡の証体験付きです。
水を通り いざ神様の約束された乳と蜜のしたたる土地へ。

そして 新約聖書の時代に話は飛びますが ヨハネが悔い改めバプテスマを受けなさい!といって 水のバプテスマを授けていたのがヨルダン川であり、イエスキリストが洗礼(バプテスマ)を受けたのもヨルダン川です。
私たちの受けるバプテスマは イエスキリストを信じる宣言であり 水を通り 罪の洗い 罪人が死にキリストによって新しく生まれる意味合いがあります。


イエスキリストを信じ、水を通った(洗礼を受けた)とき イエスキリストによって私たちの中に霊の人が生まれる テトス3:5「second birth」です。この箇所はAmazing Graceでも触れていますので参照して下さい。

そして ヨハネ7:37−38ですが
37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
という記述もあります。詳しくはお勉強しにきて下さい。

満足していない たましいが飢え乾いているならばイエスキリストのもとに行きませんか?
 

そして聖書の最後にも川が登場しています。
そこでは いのちの川とも表現されています。

黙示録22:1−2
1 御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、2 都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。

というわけで 神殿から流れ出る いのちの水の流れるその川のほとりは 潤っていて実りがあり 命が溢れ 癒しがあります。peaceful!

イエスキリストが大声で今も言っておられます。
「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」
十字架から流れ出る その川のほとりには是非ともいって全てを降ろし憩って頂きたいです。

2番の歌詞では lay down my sword and shield
剣と盾を川のほとりに降ろしにいこうと。
これは戦いの道具です。
攻撃する道具だけでなく 自分を守る盾すらも降ろそう、と歌っています。
その川のほとりは 本物の憩いの場所だから無防備で ありのままでいられるのです。


3番はPut on my long white robe
白い衣を着よう!
robeという表現は 旧約時代の祭司がまず神様の御前に出る(至聖所に入る)ときに着る衣装として聖書に記述があり そして 次にイエスキリストが蘇られた、その日の朝に マリア達に現れた天使が着ていたのも 白い長い衣です。神様のおられる天国の装束ですね。
この衣を着た人たちは 子羊の血で洗って衣を白くした(黙7:14)という表現もあるように イエスキリストの十字架によって(罪のないイエスキリストが 私たちの罪を背負って いけにえになることによって 神様の前に)汚れなきものとされた人たちを現しています。

そして興味深い事に 新約聖書では着る表現として 「主イエス・キリストを着なさい。」ローマ13:14
や「そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。」コロサイ3:14
と。
covered(覆われた)
存在ですね。
裸では過ごせない恥ずかしい存在である私たちは イエスキリストに覆われて(を着て)
神様の御前に恥ずかしくない存在とされた。と。

study war no more
もう争わず 

十字架から流れ出た 川の水で洗われ その川のほとりに憩い
平和の君 愛であるイエスキリストを着て 共に歌いましょう。

-難しくなったなぁ。
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